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珈琲の第三の潮流・「サードウェーブコーヒー」とは!?

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(仕事場からの梅雨明けの夕空)

 

 

こんにちわ!KENG(ケングー)です!

 

最近、暑いので珈琲はもっぱらアイスが多いです。

 

また冷房による電気代がかさむので、なるべく公共施設で涼むようにしています。

 

でも図書館は案外涼しくない。。。節電みたいです。。はぁ。

 

さて、珈琲が好きになってくると、だんだんいろんな珈琲豆を購入したり、珈琲ショップを調べるようになりますよね?

 

そんな時サードウェーブコーヒー』という言葉を耳にすることはありませんか?

 

簡単に言うとアメリカコーヒー界の新たなブームのことなんですが、今日はそんなコーヒーブームを時代の流れに沿って、まとめて紹介していきたいと思います。

 

「イギリス VS アメリカ」・ボストン茶会事件

  1650年~1700年、珈琲は「消化を助け、眠気を予防する」といった美点が大々的に取り上げられ、急速にヨーロッパを席捲しました。

 

その影響は、イギリスの植民地である北アメリカにも広がり、1689年にアメリカのボストンで最初のコーヒーハウスが開店しました。

 

しかし簡便でおいしいという理由から、コーヒー以外に紅茶もヨーロッパでは盛んに飲まれるようになったので、当然北アメリカにも紅茶が輸出されるようになってきました。

 

しかしイギリスの国王ジョージ三世は紅茶やその他の輸出品から税を取ろうと企て、アメリカの反感を買いました。

 

結局、イギリス議会は紅茶以外のすべての税を撤廃しましたが、アメリカは紅茶の税すらも払うことを拒否し、オランダから密輸された紅茶を買うようになりました。

 

逆にこれがイギリスの反感を買い、イギリスは強引にアメリカへ大量の紅茶を送り込みました。 

 

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The Boston Tea Party | ClipArt ETC

これに怒ったアメリカのボストン市民は停泊していた船を襲い、船に積まれていた紅茶を全て海に投げ捨てたのです。これが1773年のボストン茶会事件です。

 

これ以降、紅茶を飲まないことが、愛国心の強いアメリカ人にとって当然の義務のようになり、アメリカではコーヒーハウスが大繁盛したのです。

 

しかし、この時代、珈琲の粉を煮出して作る、トルコ式珈琲が主流でありましたが、やはり苦みが受け入れられない人も多く、紅茶のように薄くして飲むことを好んだ人も多かったのです。

 

質を犠牲にした飲用方法ではありますが、それが徐々に広がり、weak coffee

アメリカンコーヒ)のような薄い珈琲を飲む習慣がつくようになったみたいです。

 

 戦争によるコーヒーの発展 

 さらにアメリカでコーヒーが発展した影響に戦争が密接に関与しています。

 戦争は、兵隊のためのインスタントコーヒーの発展に大きく貢献したのです。

 

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www.pinterest.jp

1906年、グァテマラに住むベルギー人のジョージ・ワシントンがコーヒー液からコーヒーの結晶を作り出す製法を確立し、1910年に「G・ワシントン精製コーヒー」を販売しました。

 

この「G・ワシントン精製コーヒー」は、風味や香りは劣っているものの、即席にもかかわらず本物に近い味に仕上がっており、かつカフェインも含まれてました。

 

利用価値の高さを感じたアメリカ軍はG・ワシントン社のすべての製品を徴発し、第一次世界大戦中の前線にいるアメリカ軍兵士に配ったことで、兵士たちの間で愛飲されるようになったのです。

 

第一次世界大戦後、市場でインスタントコーヒーの人気は衰退しましたが、第二次世界大戦では、またしてもインスタントコーヒーは前線のアメリカ軍兵士に温かさと活力を与えました。

 

ネスカフェG・ワシントン社マックスウェル・ハウス社などの焙煎業者はこぞって軍用にインスタントコーヒーの製造を始めたのです。

 

これにより戦後も退役軍人達は珈琲を愛飲するようになりました。

 

第一の潮流・ファーストウェーブ

 1945年の第二次世界大戦以降は、すでにコーヒーも規格化され、どの大手の会社も焙煎し、挽いた珈琲を売るようになっていました。

 

真空包装の効能が盛んに宣伝されてはいましたが、挽いてある珈琲は店の棚に並んでいる間に徐々に酸化されてしまい、質を犠牲した珈琲に成り下がっていました。

 

本当の珈琲愛好家は、この規格化された珈琲を非難しましたが、焼け石に水。

 

一部の焙煎業者も質の高い珈琲を普及させようと努力しましたが、アメリカ市民の多くは、質を犠牲にした、規格化され、安さと便利さを追い求めた珈琲を、好んで購入するようになったのです

 

結果、大量生産・大量消費の時代である「第一の潮流・ファーストウェーブ」が到来したのです。

 

第二の潮流・セカンドウェーブ

「ファーストウェーブ」は1960年代まで続きましたが、これ以降流れが変わります。

 

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Dazzling Places.com Seattle Attractions-Peet's Coffee and Tea

 

1966年にカルフォルニアバークレールフレッド・ピート氏が「Peet's Coffee & Tea」(ピーツコーヒー&ティー)を創業しました。

 

安さと利便性を追い求めた消費者に、ピート氏は、深入り焙煎焙煎したての新鮮な豆の販売、そして淹れたての珈琲の販売を消費者に提供したのです。

 

濃度が薄く、品質の悪いコーヒーに飲みなれてしまったアメリカの人々は、深入りでデミタスの珈琲を提供されると「毒殺するつもりですか?」と顔に書いてあるようだったとピート氏が語るほど、当時は厳しい戦いだったようです。

 

それでも、ピート氏は消費者に熱心に珈琲について講義した結果、店はヒッピーのたまり場になるほどの成功をおさめたのです。

 

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usahawanterbilang-produkpopular.blogspot.jp

そして1971年にピート氏の焙煎した珈琲豆を使用して、ジェリー・ボールドウィンゴードン・バウカーゼヴ・シーグルの3人でかの有名なSTARBUCKS」(スターバックス)を開店し、これがまたたちまち大当たり。

 

消費者には 深入り高品質の豆を使った珈琲がポピュラーになったのです。

 

利便性より品質を重視した時代である「第二の潮流・セカンドウェーブ」が到来したのです。

 

第三の潮流・サードウェーブ 

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コーヒー豆クリエイティブアート、世界地図 壁紙 | 1024x768 壁紙ダウンロード | JA.Best-Wallpaper.Net

そして2000年以降、消費者はさらに品質の高い珈琲豆にこだわるようになりました。

 

収穫後の厳密な管理の下行われる精製工程輸出の際のコンテナの厳密な湿度温度管理によって品質を向上させたのです。

 

さらに同じ品種でも、その土地の風土や気候によって珈琲の香りや味が反映されてきますが、そういった農園のテロワール(微気象)から最大限に引き出される味わいを消費者は求めるようになったのです。

 

つまりお米で例えると、同じコシヒカリでも、長野県じゃなく新潟県のものを。

新潟県でも、岩船産じゃなく魚沼産のものを。

魚沼産でも、ある特定の区画の田んぼで収穫されたものを。

といった具合に、収穫される産地から農園の区画までこだわるようになってきたのです。

 

これにより、香り、味ともに既存の品質を超え、クオリティーをとことん追求したスペシャリティコーヒーの需要が多くなり、今までブレンドで飲まれていたものを、シングルオリジン(単一品種)で味わう風潮が高まってきたのです。

 

さらなる高品質と豆本来の個性を味わう時代である「第三の潮流・サードウェーブ」の到来です。

 

まとめ 

 今回は、アメリカのコーヒーブームをざっと紹介してみました。

 

珈琲は、単に飲用物としてではなく、歴史との関わりが強く、また各国々で珈琲文化も様々なため、そういった視点から珈琲に興味を持つのも良いかもしれません。

 

今後は日本の珈琲文化や歴史についても少しずつ紹介できればと思っています。

 

まだまだ暑い夏は続きますが、頑張って乗り切っていきましょう!

 

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